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この旅は俺の初めての一人旅だった。

大そうなことは書けないけど、この18日間の西日本一人旅での日記を通して、
旅は楽しいということ、誰でも簡単に日本を堪能できることを伝えたいなと思う。

2007年4月1日
石見銀山(島根県)

新登録、世界遺産に認定地!!

かつてマルコポーロも驚いた、日本の銀産業。

その時代と発展を支えた銀山。

石見銀山



※これは石見銀山が登録される前の一人旅日記です。


益田から大田市(出雲市駅の手前)へ。

石見銀山


ここから石見銀山と呼ばれる場所へバスが出てる。

本数が少ない上に、接続が悪く、一時間くらい待った。


石見銀山は江戸時代、というか元来、日本NO1の銀が採掘された場所。

日本が鎖国時代、ザビエルが来日し、この銀山をヨーロッパに広めた。

その時代、二大銀山の一つとしてヨーロッパに知れわたり、

その銀を目当てに、キリスト布教などで、たくさんのヨーロッパ人が日本に来たそうです。

そして現在もその銀山周辺に暮らしていた人々の街並みや、

銀山の中(間歩)まで入って行けます!


世界的に有名だった場所で、現地の人々が今もその面影を残そうと努力しているお陰で

今年の夏、7月2日の18時頃にユネスコ世界遺産に登録されるそうです。
(その後、石見銀山は世界遺産に認定されました。)

おそらく、結果が良くも悪くもニュースになるでしょう。

なぜなら、過去に日本が申請したもので世界遺産に登録されなかった遺産はないそうです。笑


その後には観光客で賑わうんじゃないかな?(もうすでに結構有名。笑)

と、ここで思った人がいると思う。

何で俺そんなに詳しいの?って

これはすべてあるお方かた聞いた話なのです。



実は、バス降りて、銀山の入口まで街並み見ながら歩いてたら
石見銀山


いきなり横から、胡散臭そうなおじさんが、

「君、君!今から間歩行くの?良いこと教えてあげるよ!」

ってな感じで、近寄って来た。

でも、よ~く聞いてたら、パンフレットを取り出して、

銀山の中の見所とその理由を詳しく説明してくださった。


その話を聞いていると、一緒にバス停で降りた女性(同じ観光目的で)が後ろから

俺らの側を通ったので、その人にも声をかけて、その話を一緒に聞く事にした。

そしたら、そのおじさん

「若い人二人かぁ~、よっしゃもうええわ!無料でガイドやったるわ!」

とか言って、ガイドしてくれはったんです! とても親切で人柄のよい方です。


実はその教えて下さった方、そこのガイドをしてらっしゃる方で

この日はオフの日だったのに、俺らのためだけにガイドをしてくださいました。


この出会いに感謝!そしてガイドの足立さんにも感謝!


ガイドさんは街並みから間歩に至るまで、ずっと説明し続けてくださったで
石見銀山


俺の知識が付いたって訳です。笑


本当にラッキーだった!あんなに良いガイドさんは他にいないよ!

その人柄からか指名されたり、芸能人も案内するらしい。 


石見銀山のメインはやはり銀山の中(間歩というらしい)だが、

間歩以外にも、見どころはたくさんある。

たとえば、ガイドさんが

「これがお札の原料の草なんだよ~」とか、
石見銀山 お札の原料


「この草の生えてる所には金、この草は銀、この草は銅の鉱石があるんだよ~」とか、
石見銀山


確かに、素人ではそんなこと全くわからない。笑

他にも「実は銀山っていっても、銀以外にも金や銅も少しは採れるんだ。」というのを聞いたり、

ガイドあり、なしでは楽しみ方が全く違うかもなと感じた。

それにガイドさんが足立さんだったから余計そうだと思った。



間歩に着いてからもそう思った。
石見銀山 間歩


間歩に数歩入ると、洞窟の壁がライトアップされていた。

しかし、俺にはよ~くみても何もわからない。

ガイドさんが「これが銀ある部分、言われて見ないとわからんでしょ?」と言って、

壁にある白くて細い模様みたいな線を指さす。
石見銀山


えっぇえええ。これが?!

俺はマンガや映画で見る金塊のせいか、もっとドッサリあるものだと思っていた。

しかし、実際は鉱山にほんの少しだけ、ある銀を削り採るそうだ。

しかも命がけで。


ガイドさんいわく、銀を採掘するのは骨が折れる仕事だし、命がけだそうだ。

当然、当時は電球なんてものはないので、間歩に入るにはろうそく灯一つだし。

ショベルカーやブルドーザーがあるわけではないので、少しずつ硬い鉱山を掘り進めて、

行くという。しかも、中は暑いそうで、大量にかく汗がろうそくに垂れれば真っ暗闇だそうだ。

また、酸素が中までいきわたらないので、竹筒を用いて、酸素を送ったりと、

涙ぐましい努力があったそうだ。


しかし、それだけ銀というのは価値のあるものであって、

家族を食わせていくには、そういった命がけの仕事が必要だったそうだ。


鍛練所があったとされる場所。
CIMG2642.jpg


茶色い岩が際立って綺麗だが、

これは町の方々が観光地にするために苔をすべて磨いてとったそうだ。


この様にこの街全体が世界遺産認定に向かって頑張っていて、

今現在もガイドさんのような街の方々の熱い情熱と

涙ぐまし努力でそれを維持しているように感じられた。


街も当時の面影を残しているようで、
石見銀山


自動販売機も街の情観を乱さないように頑張っている。(オシャレ。笑)
石見銀山 自動販売機


まさしく、街全体が世界遺産認定に向けて頑張っているのが感じられた。

ある雑貨屋さんのおじさん。
石見銀山


ガイドさんとお知り合いらしく、お店を見させて頂いた。


しかもこのガイドさん、

最後に俺らに、お土産(草履せんべい)買ってくださって、車で駅まで送ってくださって。

足立様様って感じだった。笑

本当にお世話になりました。ありがとうごさいました。


もし、俺の一人旅日記を見て石見銀山に行かれる方がいらしたら、

足立さんを指名してみてください。

お願いではなくて、オススメなんです!是非とも!笑




そして、一緒にガイドをしてもらったその京都の女性とも仲良くなった。

泊まる場所が近くて電車を待つ時や、電車の中とかでいっぱい話した。


ついこないだまで、ドイツでワーホリしてた話、女性の一人旅の話、過去の旅の話…

もし海外を旅するならってアドバイスとかお得な話とかも教えてくれた。

ホントその人は人柄が良くて、人間的にめっちゃ魅力的で大人で素敵な人だった。

俺もあんなに深く純粋な人になりたいわぁ…(今ではメル友です。笑)


彼女は出雲市駅(島根県)で降りて、格安旅館へ…

俺は松江(島根県)まで行ってネットカフェ探し、だけど

駅前は何にも目立ったものはなく真っ暗。

駅前のコンビニのレジで「この辺りにネットカフェありますか?」って聞くと

ちょうどそのレジで買い物を終えたタクシーの運ちゃんが

「一番近くて、こっからタクシーで900円だよ」


ふぇえええ!! 何だってぇ~~?!


往復で1800円って、安いネットカフェに泊まる意味なくなるではないか。笑

てっきり松江は都会だと思ってたけど、何て田舎なんだ!!


40分かけて、次に栄えてると思われる出雲市駅(島根県)へUターン。

また駅前の近くのコンビニで聞いたら、2キロくらい…

カプセルホテルやビジネスホテルなどはたくさんあるけど

ネットカフェの安さと便利さに変えられるものはないのでそこまで歩くことにした。

真っ暗闇を彷徨い、ある公園でたむろしていた、イカついあんちゃんに

恐る恐る道を聞いて、やっとネットカフェに着いた。


しかし、行ったネットカフェには珍しくシャワーがなく (田舎だから。笑

この旅で初めて風呂に入らなかった。

しかも、寝れる場所はリクライニングチェアーのみ。

横になれずに、この夜はよく寝られなかった…泣


追記:
石見銀山は世界遺産登録が危ぶまれた時期もありましたが、
無事、世界遺産に登録されました。
私自身、とても嬉しく感じます。

石見銀山は当時の銀産業、日本の遺産と文化を
色濃く残し、世界遺産に登録されてからは世界中から
注目を浴びています。

そこにはガイドさんのように石見銀山を世界遺産にするために
遺産を保護し、観光産業を温め、大変な苦労がたくさんあったと思います。

そして、これからは日本中、世界中からたくさんの文化やバックグラウンド
を持った方々が、この地を訪れるようになるでしょう。

私は、この時ガイドさんに聞きました。
「世界に認められるが、今の貴重な遺産の街が観光地になることで
今後、汚されてしまう可能性がありますよ」と。
そしたら、このガイドさんは、「街全体で頑張るよ」とおっしゃっていました。

そんな石見銀山を支えている方々へのお礼と、(特にこの足立さん)
これからの文化遺産と自然の保護、そして観光産業の発展の期待へ、
心からエールを送りたいと思います。

そしてまたいつかこの地へ帰ってきたいです。



この旅は俺の初めての一人旅だった。

一人旅は人との出会いとその大切さが感じられる。

今回だって、このガイドさんと知り合えたのも奇跡だ。

それもまた一人旅の良さだと思う。



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2007年4月1日
雪舟庭園(島根県)

ある日本人が描いた宇宙観

雪舟庭園




時が経つのは早いもので、俺の旅も後、少しになってきました

寂しくて、切なくて、もの惜しい気分...


早朝、

まだ霧が立ち込めていて、車が通る音しか聞こえないようなひっそりとした感じ。

この日は、どうしても周りたいとこがあったので朝一番の電車に乗り萩を後にした。
萩

(実は、ほんまにギリギリやったよ~笑)

重苦しい天気が続き、まだこのとき日本海の素晴らしさには気づいていなかったけど、
萩 日本海

電車に乗ってると突然、曇りの予報だったのに太陽が姿を現し始めた。

「うおぉ~!日本海て真っ青やん!!」
日本海


透き通ってるぞ~!!(電車から日本海が一望できた)


今まで曇りや雨で日本海の色がくすんでてわからなかったが、

陽の光が海の底まで届き、日本海が透き通っているように見えた。


そして、益田(島根県)へ到着。


益田では水墨画で有名な雪舟の住んた家があり、

雪舟庭園なる芸術が存在したらしい。

正直、そんな見たいとは思わなかったけど、(最初はね)

俺の血の片方の原点はこの地というふうに親から聞かされたので

どうしても降りたいと思い、この地に降り立った。


駅周辺は地元の人っぽいおばあちゃんや、サラリーマンがポツリポツリと行きかっていて、

ロータリーを出ると、すぐに大きな道路(国道?)が通っているような

これまた、地元の人でにぎわう様な町だった。(俺の血はここから・・・)


行き先は不明だったので、駅前にある観光案内所で観光地を伺い、

ローカルバスに乗って、15分ほど、医光寺という寺へ。
医光寺
医光寺



雪舟の作った庭園は、
医光寺 雪舟庭園


そこを管理してはる人いわく、

岩や行けや松、梅、桜の微妙な配置や苔などが絶妙らしい。


「もしよかったら、岩と会話なさってください」って言うから

30分眺めて、会話しようと努力した・・・・・・・・・・・・・・・・・いや、ムリ。笑


確かに、その庭園は素晴らしいけど、

俺には一つの作品とかには見えなかった。 (芸術なんて俺には難しすぎだ!! (笑


雪舟庭園がある寺が2つあるというので今度は萬福寺というお寺に行った。

歩いていける距離にあるので、この町を散歩しながらいくといいと思う。(↓益田川
益田川



萬福寺に着くと、
萬福寺


すぐさま雪舟庭園へ。
萬福寺 雪舟庭園


また、こちらのお庭にも会話をしようとに努めてみる。。。

ん~すこし、なんだか気づいた気が (したようなしないような。笑

でも、眺めていると心が落ち着くのは確かだと思う。

庭と会話って、無心になった自分自身と会話するということなのかもしれない。


こちらのお寺は内装もすごくきれいで、お寺の中には観音様や掛け軸などの展覧も行っていた。
萬福寺



しかも、萬福寺のおばちゃん(管理者)はめっちゃ愛想の良い人で、

昔の「南阿弥陀仏」の掛け軸とか百手観音や建物の細かいところの仕掛けやその設計の凄さ

寺の柱に残る鉄砲の銃痕(↑写真の右の側の柱に銃痕が)など、一つ一つ説明してくれた。

聞いていてめっちゃ楽しくって、飽きなかった。

けど、夢中になり過ぎてて気付いたら

「予定してた電車の時間に間に合うか危ない!!」


おばちゃんを名残惜しみ、バス停までダッシュ!!

バスの本数が少なすぎる!!

バスを待ってると予定の電車に間に合わない!!

よしっ、駅までダッシュ!

・・・


20分走り続けて、汗だくになりながらもセーフ。

最近はバッグが更に重くなって、10キロくらいになっていたから、

走るのがすごく大変だった。

スネ筋が攣りそう…

サッカーで鍛えた体が役立った。 (笑


山陰線は1本逃すと、軽く1時間は待つし、

この旅では常にギリギリで行動するから、

下手をするとダッシュはよくある

でも、この時の辛さはは本当にヤバイと思った!


午後は電車に乗って、益田から大田市(出雲市駅の手前)へ

電車の中では汗だくで、Tシャツが体に張り付くほどだった。(笑
益田 日本海




この旅は俺の初めての一人旅だった。

一人旅は地元の人と触れ合う機会がたくさん存在する。

一人だと話しかけられやすいんだと思う。

さらに俺が若いってだけに、親切にたくさんのことを進んで教えてくださる。

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2007年4月1日
(山口県)

歴史を肌で感じる土地。

松下村塾
松下村塾



萩(山口県)の地に着いた

そう、元安部内閣総理大臣はここ萩の出身…たしか…

育ちは東京らしいが…


萩という地はあの有名な明治維新を支えた長州藩の地。

(※俺は歴史の事は詳しくしらないから、俺の一人旅は
間違っていることが多々あります(全力を尽くして書きます。笑)


とりあえず、萩ユースホステルに直行して(駅から徒歩15分

バックパックを置いて、チャリンコを貸してくれるので(500円くらいだった?


チャリンコで走ると、何やら過去に見たこともないような、風景が広がる。

萩の風景


それもそのはず、ここは明治時代、歴史を動かした地の一つなのだ。
明治維新始動の地
松陰神社にての碑)

この地には、未だにその名残が残っている。

萩の風景2


まずは、腹ごしらえ、朝から何にも食べてないよ~

萩での昼食


萩には安政の大獄で幕府に逆らった?吉田松蔭の旧宅(幽獄の時の)や

松蔭神社、高杉晋作が教えを受けたとされる松下村塾など江戸の物や

松下村塾

また、伊藤博文の銅像、木戸孝之の旧宅などなど…
伊藤博文



聞くところによると歴代で、山口県出身の首相が一番多いとか

田中義一、桂太郎の旧宅、高杉晋作誕生の地など昔の政治家の当時としては

豪華な武家屋敷が今も建ち並ぶ町でした。

特に田中義一(ぎいち)という過去に総理大臣になられた方の別荘には、当時のそのままの家が残っていました。

旧田中義一別邸
田中義一宅

造りは二階建てで、簡素なつくり。

お風呂だって、こうやって、二つ罐(カマ)があって、片方を火にかけて、中に入りたながら

もう一つの罐かたお水を入れて自分で熱さを調節するみたいです。
明治時代のお風呂

しかし、庭から見える景色は当時の位を思わせる気品でした。
田中義一別宅の庭



また、この地方は夏ミカンの発祥の地と呼ばれるほど、生産が盛んで、

萩の風景にはたくさんの夏ミカンが登場します。
萩:夏ミカン


こちらの旧田中別邸でも栽培をおこなっていたそうです。

その大量の夏ミカンを出荷するために、庭にはコレ↓ができたそうです。
萩:船着場

コレ今はふさがっていますが、過去には奥に見える川とつながっていて、

船着き場だったとか。自分ちの庭を船着き場にするなんて、なんて粋がイイのだろう(笑


そうそう、こういった話はボランティアの方が説明してくださいます。

また、僕はお土産にそこで採れた夏ミカンもいただきました。

ありがとうございます。


他にもチャリンコでこんな道をずっと行くと、(一人旅は行動力アップです。
萩の風景3

桂太郎元総理大臣旧宅など、

今では見られなくなったような、歴史的な文化価値が高い建築風景が見られます。

こちらは台所↓
明治時代の台所


しかし、こういう物を見ていると、とても時代背景が凄く気になります。

ほんと、中学で歴史もっとちゃんと勉強しとけばよかったなぁ。。。と感じる。


思えば、一人旅でたくさんの歴史物を回ると、建築にかんしてとても興味が湧きます。

ある神社では柱が絶妙なバランスで配置してあって安定を保ったり、

梁の使い方で、強度を高めたり…


他にも植物関係で、こういう地方にはこういった植物がよく育ってとか、

この植物は歴史的に…とか、この地の建築材にはこの木…とか。


とにかく、先人の知恵というものには大変驚かされる。

絶対に歴史や建築学、植物を知っていたらこの旅もさらに有意義になってたかと思うと

「勉強しときゃあよかったなぁ~」とか、思うんだけど、これは気の持ちよう。


「次のためにしっかり勉強したいなぁ~」とか思うようになると、

一人旅ってある意味、勉強のキッカケ(種)になる!”と新しい発見も生まれる。



他にも、伊藤博文旧宅などを回り、萩ユースホステルに帰ってきた。

ここのユースパパがめっちゃおもろい人だった。

ここのユースホステルもお勧めです。


ここでは相部屋に60位のオジサンがいて、仲良くなりました。

ここにいる間、終始話かけてくるのでめちゃめちゃ疲れた。笑

しまいには自分の子供自慢(2人医者)→説教じみた進路の話とか始めて、

ちゃんと聞いてたら、余計疲れたよ。

でも、こういう年代の方との話って滅多にできないし、聞いてて良かったかもな。

とにかく、俺は今の時期に吸収できるものはしないといけないんだなぁという発見だった。


他にもイタリア人がいて、そのイタリア人から見た日本人とかいうのを聞きました(笑

それも、ちょっとした発見だった。


この旅は俺の初めての一人旅だった。

一人旅はその一人でいる時間、本当に自分と向き合う時間がたくさんある。

自分の興味や関心の向き方が、一人旅では発見があるのだ。

その一人旅の時間に発見したことが、日常の生活や勉強する姿勢に影響する。

それもまた一人旅の良さだと思う。



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